大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4567号 判決

主文

被告は原告ら各自に対し、二〇〇万円およびこれに対する昭和四一年六月一日から完済まで年五分の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。ただし被告において、原告ら全員に対して総額として金二〇〇万円の担保を供するときは、仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文一、二項と同旨および仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

第一次的に訴却下、第二次的に請求棄却。

訴訟費用は原告負担

第二  当事者の主張

一  請求原因

(一)  林水峻は、昭和四一年三月三一日、被告に対し金二〇〇万円を、弁済期同年五月三〇日の約束で貸し渡した。

(二)  林水峻は中華民国の国籍を有する者で、昭和四一年六月二一日に死亡した。

(三)  原告らは、林水峻の死亡により、中華民国民法の定めるところに従い、林水峻の遺産を相続し、これを「公同共有」――わが民法の講学上の合有に当る――する。相続の具体的事実主張は別表のとおりである。

(四)  よつて、原告らは各自被告に対し、前記消費貸借による二〇〇万円の返還と、これに対する弁済期の翌日たる昭和四一年六月一日以降完済まで年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

(一)  本件訴訟の訴状には、原告として中華民国国籍を有する林万里子、林正雄、林浩子が表示されていたが、後にそれぞれ日本国籍を有する林こと須藤万里子、同正雄、同浩子と訂正された。しかしこれは単なる表示の訂正に止まらない当事者の変更であつて許されないし、また、その訂正の趣旨によると、林万里子、林正雄、林浩子はいずれも実在しないことになるから、実在しない者を原告に加えた本件訴は却下さるべきである。

(二)  原告らは、権利の合有的帰属を主張しているから、本件訴訟は固有必要的共同訴訟であるのに、原告ら「各自」に支払を求めるのは通常共同訴訟として提起しているというべきで、不適法である。中華民国民法八二八条第二項は、合有の権利の行使につき合有者全員の同意を要件としているのに、その同意のない本件権利行使は無効である。もともと合有の権利の行使には合有者において管理人を互選して訴を提起すべきであるが、本訴をそのように変更するとすれば当事者の変更に当るから、いずれにしても不適法である。さらに、原告らの中には相続権を有しない者が含まれており、このような者が含まれているときは、全体の訴が不適法というべきである。以上いずれにしても、本件訴は不適法として却下さるべきである。

三  本案前の主張に対する原告らの主張

(一)  原告須藤万里子、同正雄、同浩子の氏名の訂正は、同人らがいずれも林姓を名乗つていたところ、後に母である須藤静子の戸籍に就籍したため、須藤姓になつたからにすぎず、単なる形式的訂正であり、当事者の同一性を害しない。同人らが中国国籍を有すると主張したことはない。

(二)  原告らが「各自」支払を求める旨請求の趣旨に表示したのは、通常共同訴訟として提起したことを意味するのではない。合有の性質の理解如何にかかる単なる技術的な表現方法にすぎない。合有者全員が当事者となつている以上、なんら問題はない。

四  本案の答弁

(一)  請求原因(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)は争う。具体的事実の認否は別表記載のとおりである。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  被告の本案前の主張についての判断

(一)  成立に争いない甲第一四ないし第一八号証によると、原告須藤万里子、同須藤正雄、同須藤浩子は、いずれも出生当時から林姓で出生届がなされてこれを名乗つていたところ、家庭裁判所の審判を得る等必要な手続を経て昭和四六年四月七日に母須藤静子の戸籍に入籍届出がなされたことが明らかであつて、「林」を「林こと須藤」と訂正することは全く形式的な表示の訂正にすぎないというべきで、被告のいうような当事者の変更には当らないこと明らかというべきである。被告の主張は理由がない。

(二)  本件訴は、後に判示するような共有関係から、いわゆる固有必要的共同訴訟に当ると解されるが、そのために原告の主張自体からみて当事者たるべき者が原告として訴訟当事者になつている以上、訴は適法であり(原告以外に当事者たるべき者――相続人――が存在するというなら、被告においてこれを主張立証して始めて不適法を主張することができ、また原告として結果的に相続権のない余分な当事者が含まれていたからといつて、訴が不適法となるいわれはない)、請求の趣旨において「各自」と表現するか「原告らに対し」と表現するかは、固有必要共同訴訟として提起したものであるかどうかを決する基準とは関係がない。原告ら「各自」が全体の権利を行使しうるか、原告ら全員が一体として全体の権利を行使しうるか、は請求の全部的認容か否かの問題であり、訴の適法要件とは無縁である。(念のため附言すれば、この問題を単に被告の一つの給付による債務全体の消滅の有無の問題にすぎないと理解するやにみえる原告らの見解には当裁判所は賛成できない)。被告の主張の真意を、当裁判所は理解し兼ねるところであるが、訴訟行為に関する法理を誤解する独自の議論というほかない。

二  本案につき判断する。

(一)  成立に争いない甲第一号証、方式および内容から公文書と認められ真正に成立したと推定される甲第二号証、ならびに証人楊承錦の証言によると、請求原因(一)の事実を認めることができる。被告本人の供述は信用できない。

(二)  請求原因(二)の事実は当事者間に争いがない。

(三)  請求原因(三)の事実中、原告林愛玉が昭和二一年八月二六日林水峻と婚姻届をした妻であること、原告林宝珠につき昭和二一年八月二六日に林水峻が林愛玉との間の子として認知の届出をしたこと、原告大野実につき昭和三〇年二月二日林水峻が林愛玉との間の子として出生届をしたこと、原告大野高輝につき昭和三二年三月一八日林水峻が同様届出をしたこと、原告林政子につき昭和二四年一月二七日林水峻が架空人林ミチ子との間の子として出生届をしたこと、は当事者間に争いない。その余の原告らにつき別表記載の原告らの主張は別表記載の認定の証拠欄の証拠によつて認めることができ、これに反する証拠はない。

(四)  原告らの相続につき、右認定(ないし争いない事実)に基づき判断する。

まず、林水峻は死亡当時中華民国国籍を有したから、相続関係については死亡当時の被相続人たる林水峻の本国法たる中華民国民法が適用される(法例二五条)。そして、同法によると、相続人は本件の場合被相続人の配偶者および直系卑属である(一一三八条、一一四四条。甲二一号証)。

1  原告林愛玉は林水峻の妻であるから、相続人となる。

2  原告林宝珠、同林峻子は、いずれも林水峻により同人の子として認知届出がなされているから、同人の直系卑属として相続人となる。中華民国民法一〇六五条によると、非嫡出子が父の認知を経たときは嫡出子と看做される(甲二〇号証)。わが民法においても、非嫡出子は父の認知により法律上の親子関係を生ずる(民法七七九条)。よつて法例第一八条、第八条を適用し、認知の効を認めうる(中華民国民法上、認知の方式につき特別の制約はない。父が父子関係の存在を承認する意思が認められれば足りる。甲第二〇、第二二号証)。

3  原告大野実、大野高輝、林峻宝、林政子、須藤万里子、須藤正雄、須藤浩子についても、林水峻の直系卑属として相続人となる。右各原告については、林水峻が自からの子として出生届をしているのであるから、これにより認知の効力を認めて差支えない(前判示のとおり、認知の届出という形式を要するものではない)。出生届において、真実の母でない者を母として表示したからといつて、認知の効力を否定する理由はないと解してよい。父子関係の存在を承認する意思の表現としては変りがないからである。法例、わが民法および、中華民国民法の適用関係については、2と同様である。

なお、被告は、林水峻の撫育を云々するが、的外れである。撫育は中華民国民法における認知の要件ではなく、認知と看做される一場合にすぎないからである(中華民国民法一〇六五条)。本件では原告はこの場合を主張するのではない。被告の主張は最高裁判決昭和四四年一〇月二一日を誤解するものという他ない。

(五)  以上によると、原告らはいずれも林水峻の相続人として被告に対する林水峻の債権を相続したと認められるところ、中華民国民法一一三八条一号、一一四一条、一一四四条一号によると原告らの各相続分は平等と認められ、その権利は「公同共有」と認められる(甲第二〇号証)。そして、「公同共有」者の権利は、その共有物全部に及ぶが、権利の行使につき共有者全員の同意を要件とする(中華民国民法八二七条、八二八条、八三一条。甲第二〇号証)。この権利関係は、したがつて、わが民法の相続人の地位とは趣を異にする(わが民法の場合、相続分に応ずる持分による単純な共有とされ、金銭債権については持分の割合に応じて分割債権となる)。権利は相続人各人につき全部に及ぶから、各相続人は、他の相続人の同意があれば、(もつとも、既判力の点からいつて、訴訟外の同意を立証するだけでは足りないと解される)権利の全部を行使しうることとなる。本件では、相続人全員が(原告らの他にも相続人があるとすればこれは被告の抗弁である)、原告として訴を提起し、各自への支払を求めているから、右の同意が各原告の関係で存在することは明らかである。よつて各原告はそれぞれ被告に対し、既に認定した消費貸借上の債権を請求できる(反面、原告の一人に対する弁済があれば、全原告の請求権が消滅するというべきである)。

よつて、原告らの請求は正当として認容すべきである。

(別表)

原告名 原告らの主張 被告の認否 認定の証拠

生年月日 林水峻の届出日 届出の方式 真実の母

林愛玉 21・8・26 婚姻届 認。

林宝珠 8・11・6 21・8・26 認知届出 林愛玉 認。たゞし認知の効力を争う。

林峻子 18・9・26 21・8・26 認知届出 林愛玉 否認。 甲第五、第七号証。

大野実 29・12・21 30・2・2 林愛玉との間の子として出生届 大野豊子 (日本国籍) 認。ただし認知効力を争う

大野高輝 31・11・5 32・3・18 右同 右同 右同

林峻宝 22・6・17 22・6・24 架空人林静子との間の子として出生届 須藤静子 (日本国籍) 生理上の父母子関係否認。その余不知 甲第一二、第一七号証

林政子 24・1・7 24・1・27 架空人林ミチ子との間の子として出生届 右同 出生届は認め、その余 右同 甲第一三、第一七号証。

須藤万里子 26・1・30 26・2・6 林愛玉との間の子として出生届 右同 父子関係否認。認知の効力を争う 甲第一四、第一七号証。

須藤正雄 27・5・31 27・6・12 右同 右同 右同 甲第一五、第一七号証。

須藤浩子 30・12・5 30・12・17 架空人林ミチ子との間の子として出生届 右同 右同 甲第一六、第一七号証。

注 認定に供した甲号証は、いずれも成立に争いない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例